市原市の住宅団地はいつできた?辰巳台・ちはら台など成り立ちと決まり

市原市の住宅団地の成り立ちを、社宅の団地、区画整理の街、地区計画の3つに分けて示した図。造られ方を知ると、今の土地の決まりが見えてくることを示す
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結論市原市の計画的な住宅地は、臨海部の工業化に合わせて1959年から山林を造成した辰巳台などの住宅団地と、1970年代以降に土地区画整理で造られた国分寺台・ちはら台などの街に大きく分かれます。一部の地区では、地区計画が敷地の最低面積や建てられる建物を今も決めており、辰巳台には一団地の住宅施設という古い都市計画が国の調査に載っています(2026年10月4日時点で公表されている市原市・千葉県・国の資料にもとづく記述です)。

市原市の住宅地には、工場で働く人のための社宅団地として造られた地区と、道路や公園と一緒に一度に区画を整えた大規模な住宅地があります。どのように造られたかの違いは、敷地の広さの決まりや、社宅の跡地が分譲される地区があることなど、いま土地を探すときの条件につながっています。

このページでは、市原市の郷土学習用の冊子である「いちはら学」と都市計画マスタープラン、土地区画整理事業の一覧表、地区計画の計画書、国の都市計画現況調査を照らし合わせて、辰巳台、有秋台、若宮、青葉台、光風台、国分寺台、ちはら台、うるいど南の8つの住宅地の成り立ちと、いまも残る土地の決まりを整理しました。住宅会社の比較は扱っていません。本サイトが書く情報と書かない情報の区分は、掲載情報の範囲と確認方法のページにまとめています。

編集部注

千葉の新築ノート 編集部

辰巳台中央地区の地区計画を読むと、中高層住宅地区と名づけられた約6.8haの区画では、戸建専用住宅を建ててはならないと定められています。同じ辰巳台でも、この地区計画の区域の外では、社宅団地から戸建て住宅への建て替えが進んでいます。

計画的に造られた住宅地では、団地の名前が同じでも、区画によって決まりが違うことがあります。社宅の跡地などの分譲地を検討するときは、販売の図面と地区計画の計画図を重ねて、候補の区画がどの地区に入っているかを確かめてください。

このページの結論

  • 団地の始まり:辰巳台は1959〜1964年に山林を造成した市内で最初の大規模団地で、1968年の有秋台の社宅団地、若宮、青葉台などの造成が続きました
  • 一団地の住宅施設:国の調査では、辰巳台の156ha・7,150戸が1959年3月23日決定の都市計画として載っており、市の一覧には項目がありません
  • 団地の変化:辰巳台や有秋台では社宅から戸建て住宅への転換が進み、若宮や光風台では空き家を活用した住み替えが市の計画の課題に挙がっています
  • 区画整理の街:国分寺台は約380ha、ちはら台は約369ha、うるいど南は約131haの土地区画整理事業で、道路や公園と一緒に造られました
  • 地区計画:青葉台、千種、ちはら台西、うるいど南の低層の住宅地区では、敷地165㎡以上、壁から境界線まで1m以上などの制限があります
  • 災害の確かめ方:台地の団地では崖と盛土を、村田川や椎津川に近い低地では川の浸水想定を、候補地の位置に合わせて確かめます

市原市の住宅団地は、臨海部に工場ができた1959年以降、内陸の山林を切り開いて造られた

市原市の住宅団地は、臨海部の埋立地に工場が建ち並んだ時期に、そこで働く人の住宅として内陸の山林を造成したことから始まりました。最初の大規模団地は1959〜1964年に造成された辰巳台で、1968年の有秋台、若宮、青葉台などが続き、1970年代からは土地区画整理による大規模な住宅地が加わりました。

市原市が郷土学習のためにまとめた「いちはら学」は、当時の市原町大厩の通称「辰巳ヶ原」の山林が1959年から1964年にかけて造成され、市原で最初の大規模団地となる辰巳台になったと記しています。1968年には、千種・姉崎の西海岸に進出した企業の社宅団地として有秋台団地が造成されました。住宅地の整備とともに道路や上水道、学校の整備も急速に進み、市原郡の人口は1960年の98,026人から1976年には200,393人まで増えたとされています。

市原市の主な住宅地と成り立ち。出典:市原市「いちはら学」、市原市「市原市都市計画マスタープラン」第3章、市原市「土地区画整理事業一覧表」(2025年8月28日現在)、市原市の各地区の地区計画の計画書、国土交通省「令和7年都市計画現況調査」をもとに編集部が整理
住宅地造られた時期・方法資料に書かれていること
辰巳台1959〜1964年に造成市内で最初の大規模団地。臨海企業の社宅団地として開発された
有秋台1968年に造成臨海部に進出した企業の社宅団地として造成された
若宮昭和40年代に整備郊外型の住宅団地。八幡宿駅の周辺と結びつく
青葉台宅地開発で整備道路と公園を宅地開発で一体に整備した計画的な住宅地
光風台大規模開発で整備大規模開発で整備された住宅団地
国分寺台土地区画整理(1971〜2001年度)組合が施行した約380haの事業
ちはら台土地区画整理(1977〜2006年度)都市機構が施行した約369haの事業。千葉市のおゆみ野と一体のニュータウン
うるいど南土地区画整理(1994〜2014年度)都市機構が施行した約131haの事業。大学や産業施設も立地する

辰巳台や有秋台のような社宅団地は、工場の進出に合わせて短い期間に造成された住宅地です。これに対し、国分寺台やちはら台は、地権者の組合や都市機構が土地区画整理事業として20年から30年かけて整えた地区で、住宅のほか、商業や公共施設の用地も同じ事業の中で整えられました。どちらも計画的に造られた住宅地ですが、造られた期間と進め方が違います。


辰巳台は市内で最初の大規模団地で、一団地の住宅施設として国の調査に載っている

辰巳台は、京葉臨海工業地帯で働く人の住宅地として、市内で最初に行われた団地造成によってできたまちです。国土交通省の都市計画現況調査には、辰巳台が都市計画法の一団地の住宅施設として、面積156ha、住宅戸数7,150戸、1959年3月23日決定の都市計画で載っています。

一団地の住宅施設とは、都市計画法第11条が定める都市施設の1つで、一団地における50戸以上の集団住宅と、それに付属する通路などの施設をいいます。国土交通省の令和7年都市計画現況調査(2025年3月31日現在)では、施行者が財団法人千葉県辰己団地建設協会、名称が「辰己」、完成年度が1963年度とされています。資料の表記は「辰己」です。

都市計画法第53条は、都市計画施設の区域の中で建物を建てる人に許可を求めています。一方、市原市の都市計画の概要のページにある都市計画決定の一覧(2023年2月7日時点)には、一団地の住宅施設の項目がありません。辰巳台で家を建てたり建て替えたりするときに、この都市計画がどう扱われるかは、市の都市計画課で確かめられます。

辰巳台の中心部には、1994年2月4日に決定された辰巳台中央地区の地区計画(約13.6ha)があります。計画書は、辰巳台地区を臨海企業の社宅団地として開発された地区と位置づけたうえで、中心部の未利用地を生かして商業と住宅の機能を高めることを目標にしています。

辰巳台中央地区の中高層住宅地区では、戸建専用住宅を建てられない

辰巳台中央地区地区計画は、約6.8haの中高層住宅地区で、戸建専用住宅、寄宿舎、下宿、長屋などの建築を禁じ、敷地面積の最低限度を1,500㎡としています。中心商業地区(約4.5ha)は500㎡、沿道商業地区(約2.3ha)は200㎡が敷地の最低限度で、どちらも低い階を住宅に使う建物は建てられません。

壁面の位置も決められており、都市計画道路の市原・辰巳台線に面する部分では道路境界線から2m以上、そのほかの道路では1m以上、建物の外壁を離します。辰巳台で土地を探すときは、候補の区画が地区計画の区域に入っているか、入っているならどの地区かを、計画図で確かめておきます。


社宅や郊外型として造られた団地では、戸建てへの建て替えと空き家の活用が課題になっている

造成から年月がたった市原市の住宅団地では、住む人の高齢化と人口の減少が進み、社宅から戸建て住宅への建て替えや、空き家への若い世帯の住み替えが課題になっています。市原市都市計画マスタープランは、辰巳台、有秋台、光風台、若宮について、団地の再生や新しい世代を呼び込む取り組みを支援するとしています。

辰巳台地区のまちづくりのページによると、辰巳台では地区内の住まいが社宅団地から戸建て住宅へと変わりつつあり、移り住む若い世代も増えています。地元の辰巳台地区まちづくり協議会は2015年3月にまちづくり構想をまとめました。市は、地区の中心部にある辰巳台東一丁目の市有地(約5,414㎡)について、事業者との対話を経て2025年1月に利活用の方針を定めています。

若宮団地のまちづくりのページは、若宮団地が昭和40年代に郊外型の住宅団地として整備され、入居開始から40年以上がたって課題が表面化してきたと説明しています。空き家対策を中心に若宮団地まちづくり協議会が2019年に設立され、2023年3月にまちづくり構想を策定しました。小さな電動車を使った地域の移動手段の実証実験も行われています。市全体の交通空白地域にどのくらいの世帯が暮らしているかと、デマンドタクシーやコミュニティバスが運行されている地域は、市原市の通勤先と交通手段のページで整理しています。

市原市都市計画マスタープランの地域別構想は、有秋台を臨海部の企業の社宅を中心に整備された住宅地とし、社宅から戸建て住宅への転換を進めるとしています。光風台と若宮では、空き家を活用した子育て世代の住み替えを進めるとしています。これらの団地が立地適正化計画でどう位置づけられているかは、市原市の立地適正化計画と居住誘導区域のページで整理しています。団地の中にある地価公示の地点で、2016年からの10年に価格がどう動いたかは、市原市の地価の動きのページで地点ごとに比べています。


国分寺台・ちはら台・うるいど南は、土地区画整理で一度に造られた大規模な住宅地

国分寺台、ちはら台、うるいど南は、いずれも土地区画整理事業で道路、公園、宅地を一度に整えた住宅地です。市の事業一覧表によると、施行面積は国分寺台が約380ha、ちはら台が約369ha、うるいど南が約131haで、計画人口はそれぞれ38,000人、50,000人、9,600人とされています。

土地区画整理で造られた3つの住宅地。出典:市原市「土地区画整理事業一覧表」(2025年8月28日現在)。一覧表の地区名は「千原台」「潤井戸」。面積は㎡の値を編集部がhaに換算
地区施行者施行面積計画人口施行年度換地処分
国分寺台組合約380ha38,000人1971〜2001年度1998年5月1日
千原台(ちはら台)都市機構約369ha50,000人1977〜2006年度2002年5月17日
潤井戸(うるいど南)都市機構約131ha9,600人1994〜2014年度2010年3月26日

ちはら台について、ちはら台西地区の地区計画は、千葉市のおゆみ野地区と一体になって「千葉・市原ニュータウン」を形成し、住む・働く・学ぶ・憩う機能をあわせ持つ都市を目指したと記しています。マスタープランによると、2015年時点でちはら台地区の人口は市の総人口の8.7%を占めています。

うるいど南地区の地区計画は、地区を独立行政法人都市再生機構が施行した土地区画整理事業で整備された地区とし、低層の住宅地のほか、大学や商業施設、研究開発型の企業を誘導する地区を設けています。国分寺台は市役所のある地区で、組合が施行した事業です。いずれも換地処分を終えた地区で、区画整理の地区で土地を買うときの手続きは、市原市の区画整理地と家づくりのページで整理しています。


計画的に造られた住宅地の一部では、地区計画が敷地の広さや塀のつくりまで決めている

市原市の計画的な住宅地のうち、青葉台、千種、ちはら台西、うるいど南などでは、地区計画が住宅地の環境を保つための制限を定めています。低層の住宅地区では、敷地の最低限度を165㎡に定め、外壁を道路や隣地の境界線から1m以上離し、塀を生垣か高さ1.2m以下の見通せるフェンスとする決め方が多く見られます。

住宅地の地区計画の主な制限(低層の住宅地区などの例)。出典:市原市の各地区の地区計画の計画書(辰巳台中央地区1999年12月24日変更、青葉台地区2000年3月24日決定、千種地区2007年3月20日変更、ちはら台西地区2013年6月21日変更、うるいど南地区2014年3月25日変更)
地区(面積)対象の区分敷地の最低限度壁面の位置そのほかの主な制限
辰巳台中央(約13.6ha)中高層住宅地区(約6.8ha)1,500㎡道路境界線から1m以上(市原・辰巳台線は2m以上)戸建専用住宅、寄宿舎、下宿、長屋は建築できない
青葉台(約76.2ha)住宅地区A(約48.8ha)165㎡道路・隣地の境界線から1m以上高さ9m以下。塀は原則生垣(ブロックは高さ1.2m以下まで)
千種(約56.1ha)住宅地区(約35.1ha)165㎡道路・隣地の境界線から1m以上道路側の塀は原則生垣か、高さ1.2m以下の見通せるフェンス
ちはら台西(約66.5ha)低層住宅地区A(約24.7ha)165㎡道路・隣地の境界線から1m以上塀は生垣か、高さ1.2m以下の見通せるフェンス
うるいど南(約132.5ha)低層住宅地区(約46.4ha)165㎡道路・隣地の境界線から1m以上塀は生垣か、高さ1.2m以下の見通せるフェンス

青葉台、千種、ちはら台西、うるいど南の計画書には、壁面の位置の制限から、出窓や、高さ3m以下で床面積30㎡以下の車庫、高さ2.5m以下で床面積6.6㎡以下の物置などを除く例外が書かれています。また、青葉台、ちはら台西、うるいど南の計画書では、地区計画が定められた時点ですでに最低限度を下回っていた敷地を、そのまま1つの敷地として使う場合には、敷地面積の最低限度を適用しないとしています。分割して売り出される土地では、分割後の面積が最低限度を満たしているかを確かめます。塀を生垣にする決まりがある区画で、境界に新しく生垣を植える場合は、市の生垣の設置の補助を使えることがあり、長さや樹木の種類、申請の時期の条件は、市原市の新築で使える補助・支援制度のページで整理しています。

地区計画の計画書と位置図は、市の地区計画のダウンロードのページに16地区分が載っています。市原市の16地区の一覧と、ちはら台東地区の制限、地区計画の区域で建てるときの届出は、市原市の用途地域と建てられる家のページで整理しています。


台地の上の団地と、川沿いの低地では、確かめる災害が違う

山林を切り開いて台地の上に造られた住宅団地では、川の氾濫よりも、団地の縁の崖や、谷を埋めた盛土の土地かどうかを先に確かめます。一方、川沿いの低地に広がる住宅地では、近くを流れる川の洪水浸水想定区域を見ます。市原市の北部の村田川と、西部の椎津川は、どちらも千葉県が洪水浸水想定区域を指定している川です。

村田川と椎津川の洪水浸水想定区域図の前提。出典:千葉県「洪水浸水想定区域(椎津川水系・村田川水系・矢那川水系・養老川水系)」の各図の注記
項目村田川椎津川
図の対象の区間千葉市緑区板倉町から海まで市原市不入斗から海まで
あわせて対象にしている川神崎川、支川村田川、瀬又川、ミカダ川なし
想定最大規模の雨流域の24時間総雨量672.2mm流域の24時間総雨量690.0mm
計画規模の雨年超過確率1/50、24時間総雨量265mm年超過確率1/50、24時間総雨量238.3mm
関係市町村千葉市、市原市市原市

ちはら台西地区の地区計画は、地区の景観として村田川に触れており、ちはら台は村田川に近い住宅地です。県の洪水浸水想定区域のページには、両河川の想定最大規模と計画規模、浸水継続時間などの図が載っています。各図は、対象の川以外の支川の氾濫や内水による浸水を考慮していないため、図の外側でも浸水が起きる場合があると注記しています。養老川を含む市原市の川の浸水想定の読み方は、養老川の浸水想定と土地選びのページで整理しています。

団地の縁の急な斜面は、土砂災害警戒区域になっている場合があり、辰巳台には急傾斜地崩壊危険区域もあります。崖の上と下で変わる決まりについては市原市の土砂災害警戒区域と崖の決まりのページ、谷を埋めた造成地の揺れやすさについては市原市の液状化と地盤のページにまとめています。


候補地の住宅地の成り立ちと決まりを確かめる手順

候補地の住宅地の成り立ちと決まりは、町名から造られた時期と方法を市の資料で調べ、地区計画の区域かを都市計画図で確かめて計画書を読み、一団地の住宅施設のような古い都市計画の扱いを都市計画課に尋ね、崖・盛土と川の浸水想定を位置に合わせて見て、地区のまちづくりの動きを確かめる、という順で進めます。

STEP 1

町名から、住宅地が造られた時期と方法を調べる

土地区画整理で造られた地区は、市の土地区画整理事業一覧表で施行者と年度が分かります。社宅団地や宅地開発の団地は、いちはら学やマスタープランの地域別構想に成り立ちが書かれています。

STEP 2

地区計画の区域に入っているかを確かめ、計画書を読む

いちはらマップの都市計画図で地区計画の区域を確かめ、入っていれば計画書で、候補の区画がどの地区に入るか、敷地の最低限度や用途の制限を読みます。

STEP 3

一団地の住宅施設など、古い都市計画の扱いを尋ねる

辰巳台のように国の調査に一団地の住宅施設が載っている地区では、建築のときに許可が必要になるかを、市の都市計画課に尋ねます。

STEP 4

崖・盛土と、近くの川の浸水想定を位置に合わせて見る

台地の団地では団地の縁の斜面と盛土の土地かどうかを、川沿いの低地では村田川や椎津川、養老川の浸水想定を、候補地の地点で確かめます。

STEP 5

地区のまちづくりの動きを確かめる

辰巳台や若宮のように、まちづくり協議会が構想をまとめている団地では、市の都市整備課のページで、空き家の活用や移動手段の取り組みなど、地区の今後の動きを確かめておきます。


よくある質問

Q市原市の住宅団地は、いつごろ造られましたか?

市原市の住宅団地は、臨海部に工場が進出した時期に、従業員の住宅として内陸の山林を造成したことから始まりました。最初の大規模団地の辰巳台は1959〜1964年、有秋台は1968年に造成され、若宮、青葉台などが続きました。1970年代以降は、国分寺台やちはら台などの土地区画整理事業が加わりました。

Q辰巳台は、どのようにしてできた住宅地ですか?

辰巳台は、京葉臨海工業地帯で働く人の住宅地として、市内で最初に行われた団地造成によってできたまちです。国の都市計画現況調査には、156ha・7,150戸の一団地の住宅施設として載っています。いまは社宅団地から戸建て住宅への転換が進み、若い世代も移り住んでいます。

Q市原市の住宅団地で家を建てるときは、何を確かめればよいですか?

市原市の住宅団地で家を建てるときは、まず候補の区画が地区計画の区域の中か外かを見ます。青葉台、千種、ちはら台西、うるいど南などの低層の住宅地区では、敷地165㎡以上、外壁を境界線から1m以上離すなどの制限があり、辰巳台中央地区の中高層住宅地区では戸建専用住宅を建てられません。

Qちはら台は、どのようにしてできた街ですか?

ちはら台は、都市機構が施行した約369haの土地区画整理事業で造られた住宅地で、千葉市のおゆみ野地区と一体で「千葉・市原ニュータウン」を形成しています。市の事業一覧表では、施行年度は1977〜2006年度、計画人口は50,000人で、換地処分は2002年に行われています。

Q社宅として造られた団地で土地を探すときは、何に気をつければよいですか?

社宅として造られた団地では、跡地が分譲されることがあり、区画によって地区計画の決まりが違う場合があります。販売の図面と地区計画の計画図を重ね、敷地の最低限度や建てられる建物を確かめます。台地の縁の斜面や盛土の土地かどうかも、土砂災害の区域や地盤の資料で確かめます。


まとめ

市原市の計画的な住宅地は、臨海部の工業化に合わせて山林を造成した辰巳台、有秋台、若宮、青葉台などの団地と、土地区画整理で一度に造られた国分寺台、ちはら台、うるいど南などの街に大きく分かれます。辰巳台は市内で最初の大規模団地で、国の調査には一団地の住宅施設として載っています。

造成から年月がたった団地では、社宅から戸建て住宅への転換や、空き家への住み替えが市の計画の課題になっています。辰巳台と若宮では、地元のまちづくり協議会が構想をまとめて取り組みを進めています。

計画的な住宅地の一部では、地区計画が敷地165㎡以上や壁面の後退などを定め、辰巳台中央地区の中高層住宅地区のように戸建専用住宅を建てられない区画もあります。候補地がどのように造られた住宅地かを調べ、地区計画と古い都市計画、崖や川の想定を区画ごとに確かめておくと、同じ団地の中でも条件の違う土地を見分けられます。団地のほかに、駅の周りの古くからの市街地や、市が合わさってきた経緯まで含めて、市原市の地区ごとの違いと土地選びで確かめる順番は、市原市で新築を建てる前に知っておきたいことのページにまとめています。